大人の猫を譲渡する、ということ

大人になった子や引退した子を新しい飼い主さんに譲渡すること、これは私にとって簡単なことではありませんでした。ブリーディングを始めた当初は考えもしないことだったのです。でもある時、そうしなければならない、そうした方が猫にとっては幸せだろうという状況になりました。
ブリーディングを始めて4年ほど経った頃でしたでしょうか。私にとって初めてのロシアンの樹里が他の猫を全く受け入れなくなりました。きっかけはアメリカから来た新しい女の子をライバル視したことから始まりました。樹里はロシアンらしい頭の良さと人間への愛情深さでとても可愛い猫でしたが、多頭飼育の中ではそれが悪い方に作用したのです。樹里は私にとって樹里が「一番」でなければ許せなかったようで、私は「ブリーダーとしての自分」と、「樹里を家族のように思う自分」との板挟みになりました。
その次の年、私はスターシャを連れてインターナショナルキャットショーに参加しました。たくさんのブリーダーとゆっくり話す機会を得て、とあるブリーダーさんから、「引退した子はどうしてるの?」と訪ねられました。私は、「うちの可愛い子だから特別な理由がない限りは手放したくない」と答えました。素直なその時の気持ちでした。そのブリーダーさんは私の答えを聞くと、優しく冷静に、何故引退した大人の猫を譲渡しなくてはいけないかを教えてくれました。
きちんとブリーディングに取り組むと、どうしても猫が年々増えていくということ、そしてブリーディングを数年で止める予定ならいいけれど、長く続けていきたいなら猫の幸せも考えて、良い人がいれば譲渡した方が良い。その方が猫に目が行き届くし、健全な環境で良いブリーディングができるよ、と。その場にいた他のブリーダーさんたちも同意し、近いうちにきっとわかるわよ、と言われましたが、当時の私にはそれがとても難しく感じたのです。
アメリカから帰国後、樹里はますます他の猫と折り合いが悪くなりました。私は樹里を最優先できない自分を後ろめたく感じ、悩みました。そんな時、私はアメリカのブリーダーさんたちにアドバイスされたことを思い出し、わが家の子猫の飼い主さんだった方に樹里の話をしてみたのです。その飼い主さんは、今年1月にわが家で17歳で亡くなった葵ちゃんの娘のせりちゃんという子と暮らしていたのですが、不運にも原因不明の突然死でせりちゃんを若くして亡くしました。とても大切に可愛がって下さっていた方でした。私は若くして亡くなったことを申し訳なく思い、かわりにはならないけれど子猫を差し上げたいと思っていたのです。その方は子猫よりも樹里に興味を持って下さり、ご縁があって樹里がその飼い主さんのお家に里子に行くことになりました。
もしその飼い主さんが知らない人だったら、私は樹里を手放せなかったと思います。でもその飼い主さんとは数年のおつき合いがあり、人柄や大事にして下さる方だというのはよくわかっていましたし、気持ちのハードルを越える手助けになりました。
樹里はその方のところで大事に愛されて、樹里も飼い主さんを愛して天寿を全うし、飼い主さんの「一番」になりたいという願いも叶い、幸せな生涯を終えました。その飼い主さんは現在もわが家出身の二人の女の子のロシアンブルーと暮らしています。
樹里を里子に出してすぐ、里親さんを募集して譲渡したルウシェも良い飼い主さんに恵まれ、2010年に15歳で亡くなるまで幸せな一生を送りました。ルウシェの元飼い主さんともまたご縁があり、昨年ユノ(ジェットとミネルバの娘)が新たな家族として加わっています。その他にも、現在までにたくさんの素敵な飼い主さんに恵まれました。書ききれないくらいの素敵なご縁があります。現在、環境と人手に見合った頭数でブリーディングを続けていけるのは、そういった飼い主さんたちとの出会いがあったからでしょう。ブリーダーとしてはとても幸せなことです。
ブリーダーとは育種をする人のことです。むやみに増やしたり、営利目的で繁殖をする人のことではありません。ブリーダーはその猫種が健全に世代を続けていく手助けをし、猫種の魅力を伝え、良い飼い主さんに猫を譲渡しなければなりません。猫を一生不幸せにしてまで縛るなら、健全に繁殖を続けることは難しいと思います。
しかしながら、一飼い主としての自分を捨ててしまった訳ではありません。わが家にも3人の私にとって特別な娘たちがいます。ドリーミーは私以外になつかず、イーグレットは避妊後に現役時代の粗相癖が消えるまで1年ほどかかり、ミラは便秘症を心配して子猫を見ることなくリタイアし、全員理由があってわが家に残ることになりました。粗相癖が消えてからイーグレットに飼い主さんを見つけることも少しだけ考えましたが、それはすぐに消えました。イーグレットは私にとって特別な猫ですし、ドリーミーと同様にわが家に残りたがっているように見えました。それにこういった気持ちも自分の心にとって大事だと思ったからです。
現在、三人は寝室で私たちとのんびり暮らしています。私以外になつかなかったドリーミーは1年ちょっと前から一緒に暮らしている主人にベタベタですし、ミラちゃんは調子も戻り、イーグレットは私に甘えて楽しく日々を過ごしています。私がドリーミーをかまうと、時々嫉妬したイーグレットがドリーミーに喧嘩をしかけたりしますが、ドリーミーはあまり気にせず基本的には仲の良い3人です。

写真は今年の1月末に新しい飼い主さんの元に行ったエリー、3歳の女の子。わが家で他の猫に囲まれていた時よりも幸せそうです!ほぼ毎日、2時間も膝にのせてもらっているそうです。本当に良かったね、エリー!